母のお誕生日

こんにちは、メリッサです!

すっかりご無沙汰してしまいました。
今年は年始早々バタバタしていて……というのをこれからしばらく書いていこうと思います。

今日3月21日は、母の81回目のお誕生日。
本当なら家族でお祝いをしているはずだった。しかし、今現在当の本人は入院している。私はその病院でこの記事を書いている。

年明け1月4日のこと。新年初めの教会から帰った私は、弟の車が玄関に横付けされているのを見て違和感を感じた。洗車でもしたのかな、と思いながらリビングのドアを開けた途端「母ちゃんが歩けなくなった」と聞かされた。

弟の話によると、毎週のウォーキングコースを歩いていて、母が「お母さん今日左に寄っちゃうな」と言っていたそうだ。実際に見ても、歩いているうちに左の方へ寄っていく感じだったと言う。
そう言いながらも何とか駅までたどり着き、それからもがんばって歩いていた母だが、どうしても吐き気が強くなって歩けなくなった。弟はそばにあったベンチに母を座らせ、自宅まで車を取りに戻って母を連れて帰って来てくれた。それから母は何度も吐いたそうだ。

私が帰宅してから弟が近くのスーパーに買い物に行っている間も母の嘔吐は止まらない。もともとメニエール病を患っていたこともあり、本人はその目まいと吐き気だと思っていたようだ。確かに最近耳鼻科に行っていないので、その可能性もあると思っていた。
しかし、買い物から帰って夕方近くなっても様子の変わらない母を見て、弟はついに病院に連れていく決断をした。やはり突然吐き気に襲われたことと、嘔吐が止まらないことが気になったのだろう。

私の住む市には、夜間急病診療所と、中核病院である市民病院の救急がある。弟は警察官という職業柄なのか、こういう時の指示は的確だ。まず夜間診療所に電話で症状を説明し、市民病院に行った方がいいかどうか訊けと言う。その次は市民病院に電話だ。結果、やはり市民病院で診てもらうことになった。

結論から言うと、母は小脳出血だった。もちろんそのまま入院。手術の必要はないものの、出血量としてはまぁまぁ多い、と説明された。ベッド脇まで行ってそう告げると、母は「えー?」と無邪気に言っていた。

帰り道、弟は母と歩いた道を辿ってくれた。ここまではこんな感じだった、ここまでは歩いて来られた、と説明してくれる。それを聞きながら、弟も信じがたい思いでいるのだろうな、と思った。

12時間前はいつもと変わらず元気だった。教会に向かう私を見送ってくれた。
そのわずか数時間後に母は倒れた。弟は母と二人で不安だったろう。なぜ家にいなかったのか、もっと早く帰らなかったのか、今でもその思いに駆られることがある。

何でもない日常が本当は一番素晴らしい、とかDaily life is so fragileとか聞いてはいたが、その意味を本当に実感するのは、こうしてその日常が壊れてしまってからなのだ。

いつも私たちの面倒を見てくれていた母。
月並みな表現だが、その母がいない家の中は明かりが消えたようだ。
早くも2ヶ月が経ったが、クリスチャンの端くれとして、私は神様が母を必ず癒してくださると信じている。時に心が折れそうな時もあるが、神様の素晴らしい御業の記録として記事に残しておきたい。

この記録が、同じ病と闘うどなたかの励みになれば幸いだ。

次の記事では、母が入院してから1週間後を書いていこうと思う。

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